大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(タ)33号 判決

原告 トーマス・ジョセフ・フアーバンク

右訴訟代理人弁護士 渡辺道子

被告 テレサ・モード・フアーバンク

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告の求める裁判

原告と被告とを離婚する。

二  原告の請求原因

1  原告はカナダ、被告は連合王国の国籍を有するものであり、原被告は一九四二年一二月二三日英国ウイルツ洲サリスベリにおいて婚姻した夫婦である。

原被告間には、一九四三年一一月一六日に長女が、一九四六年三月二九日に二女が出生している。

2  原告は、婚姻当時、英国軍将校として軍務に服していたが、一九四七年退役し、英国デボンの民間の農事事業の役員になった。その後、一九五三年バーキンスエンジンス有限会社に入社し、翌一九五四年同社から極東地域に派遣され、極東駐在支配人として極東諸国を旅行し、日本にも商用でたびたび訪れるようになった。

3  原被告は、一九五四年から一九六二年までシンガポールに住んでいたが、一九五八年ごろから被告は家事を怠るようになり、原告の世話もろくにしなくなった。また、原告が極東諸国の旅行から帰宅した際、被告が原告の到着を知りながら、自分がパーティーに行くのに車を使っていたので、空港に自分の車の出迎えも受けられないことがたびたびあった。さらにまた、被告は何の説明もなく、二、三日家を空けていることが一、二度あり、そのため旅行から帰った原告は食事もできず、やむなくレストランに行って食事をとらねばならなかった。次に長女と二女は一三才から英国の学校に通うようになり、夏休みにはシンガポールに来て両親と過すこととしていたが、一九六〇年頃から被告は、娘たちが両親を訪ねてくるのをいやがるようになった。それは娘たちが成長したので、それによって被告自身の年令が人にわかるのがうとましかったからだと思われる。そのため、原告は娘達がシンガポールに来ても娘達を友人に預かってもらう始末であった。

4  一九六二年の初め頃から、原被告間の溝は決定的なものになり、原告は被告との同居生活に耐えられなくなったので仕事上の旅行を終えても家に帰らず、ホテルに宿泊するようになった。被告は翌一九六三年一一月英国に帰り、それ以来極東に来なくなった。被告は、英国に帰る前、原告に次のようなことを話した。すなわち、被告は一九五四年、原告がシンガポールに赴任準備のため行っている間に二人の男性と性的関係をもち、また一九六一年、英国旅行から帰途の船中で、ある男性と同様の関係をもち、さらに一九六〇年から一九六一年の間、シンガポールのチャンギにある英空軍勤務の男性と特別親しくしたことなどである。

5  原告は、一九六四年英国に行き、被告と離婚のことや被告の将来のことなどについて話しあい、その後も原告は直接手紙で、あるいは英国にいる原告の弁護士を通じて被告と交渉を続けた。一九六八年一一月に、被告から原告に対し、離婚に関する最終的な話しあいをしたいから英国に来るよう要請があったので、原告は英国に行き、原被告と双方の弁護士が集り会談した結果、原被告は離婚に同意し、原告が被告に提供を申出た財産についても、被告側は原則的に受入れた。ところが、一九六八年一月、被告は自己の弁護士を解任し、さらに新たに選任した弁護士にも辞任される事態が起り、同年二月末には被告から原告の弁護士が気に入らないから変えるよう申入れがあり、原告はしかたなく別の弁護士を依頼した。原告がこのような努力をしているにもかかわらず、被告は現在に至るまで弁護士を頼まないので、原被告の離婚問題の解決に進展しない。

6  原告は、一九六四年以来日本に定住し、一九六五年には現住所に住居も購入し、日本を生涯の住所とするつもりである。

7  以上のように、原被告間の夫婦関係は実質において全く破綻してしまっており、原被告とも、今後婚姻関係を復元する意思もなく、またその可能性もない。この事実は日本国民法第七七〇条第一項第五号に該当するから、原告と被告との離婚の判決を求める。

三  原告の証拠≪省略≫

四  被告

被告は通常の方式による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

職権をもってわが国裁判所が本件離婚訴訟について裁判管轄権を有するか否かについて判断する。

離婚の国際裁判管轄権の有無を決定する場合、訴訟手続上の正義の要求から考え、また、いわゆる跛行婚の発生を避けるためにも、被告の住所がわが国にあることを原則とすべきであり、ただ原告が遺棄された場合、被告が行方不明の場合その他これに準ずる場合で、被告の住所がわが国にないことを理由にわが国の裁判管轄を否定することが国際私法生活における正義公平の理念にもとる結果となる場合には、例外的に原告の住所地に裁判管轄権を認めるのが相当である(最高裁判所昭和三七年(オ)第四四九号離婚請求事件昭和三九年三月二五日言渡大法廷判決、民集一八巻三号四八六頁、最高裁判所昭和三六年(オ)第九五七号離婚請求事件昭和三九年四月九日言渡第一小法廷判決、家裁月報一六巻八号七八頁参照)。

そこで本件について考えるに、≪証拠省略≫によれば、原告はカナダ、被告は連合王国の国籍を有し、原被告は一九四二年一二月二三日英国で婚姻し、一九五四年から一九六二年までシンガポールに居住していたが、その間に原被告は夫婦の和合を欠くに至り一九六二年に同地において別居状態となり、一九六三年一一月被告のみ英国に帰り、原告はその後一九六四年から日本に居住するようになり、現在に至っていること及び、被告はいまだ一度も日本に来たことがなく、従って日本に居住したことのないことならびに原告が日本に居住するようになったのも、原被告の夫婦関係が破綻し、別居するに至った後であることが認められる。そして、原告の離婚を求める理由が、被告の悪意の遺棄によるものではなく、またこれに準ずるような事案でもないことは、その主張自体によって明らかである。 以上のような事実関係から判断すれば、本件において前述の例外的に原告の住所地に裁判管轄権を認めるべき事情はなく、その他本件において、わが国の裁判管轄権を認めなければ正義公平の理念に反するという特段の事情ありとも考えられない。

そうすると、本件離婚訴訟についてはわが国の裁判所は裁判管轄権を有しないものといわなければならず、従って本件訴はその訴訟要件を欠く不適法なものであり、しかもその欠缺を補正することができないことは明らかである。

よって、本件訴を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 三浦伊佐雄 井垣敏生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例